==1990年9月21日== 信用の獲得     -224-  

       **最終回**

  =加州毎日新聞(California Daily News)は1931年から1992年までロサンジェルスで発行された日系新聞です=
          
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  ニューヨーク市立大学霍見芳浩教授が十八日の『ニューヨーク・タイムズ』に投稿し、日本の中東貢献策について意見を述べている。
  同教授はまず、米国によるイラク封じ込め作戦に対して日本が示した優柔不断ぶりを一部米国人が怒るのは理解できるとしたあとで、「日本を責めたからといって、この作戦の、いくらかかるとも知れない経費を日本が負担することにはならない」と述べ、自らが提唱する<日本の貢献策>を紹介している
  その内容は①米国がイラクに毎年輸出していたと同じ三十万トンのコメを日本が米国から購入し、多国籍軍と難民のための物資とともに日本の船舶・航空機で中東地域へ運ぶ②エジプト、ヨルダン、トルコの三か国に二十億ドルの緊急経済援助を行う③ヨルダンに集まっている難民を助けるために百人の医療派遣団を送る―となっている。
  同教授は、日本の貢献策の発表が遅れたのは官僚主義の政治形態のせいだとする一方、米国の対日要求が誤解を招きやすく、矛盾が多いものであるために、日本政府を混乱させ、官僚の行動をますます遅らせていると指摘、特に、日本に対し米国が掃海艇と軍隊の中東派遣を求めたことに言及し、西独憲法と同様に、軍隊の国外派遣を禁じている日本国憲法を改定させようというのが米国の真意ではないかとの疑念が(日本国内に)持ち上がっていると述べている。
  日本国憲法の改定の可能性についても同教授は、二十一世紀では必要になるかもしれないとしながらも、改定は中東危機の解決後、地球全体の安全保障に関わる国連の役割の見直しと関連させて検討されるべきだとの考えを示している。その国連の役割見直しには日本と西独の常任理事国入りの検討も含まれている。
  また、米国が日本に対して在日米軍の駐留経費の負担増加、米国製兵器の購入を求めたことについては、ペルシャ湾岸問題を日米間の貿易・安全保障問題の解決に利用しようとするものと批判している。
  霍見教授は、米国が日本と西独の最大限の支持を求めるなら、国連の権限を強化し、その下で集合的な安全保障に取り組んでいくという方向で、イラク封じ込め戦略をこの二か国と協議するべきだと主張している。

  自民党の中に、小沢幹事長を中心に、制服自衛隊員の海外派遣をこの際一気に合法化させようという動きがある。同幹事長らが次には<制服“武装自衛官>の派兵を可能にするべきだと言い出すことは明らかだと思える。
  日本の中東石油への依存率は六七・九%(一九八七年)だ。中東がイラクに完全制圧されたら―との不安感、危機感を利用して自衛隊認知ムードを高めようと小沢幹事長らが力を入れるのは、軍隊完全合法化を主目標とした憲法改定を党是とする自民党の論理としては当然かもしれないが、視野の狭い危険な考えだ。

  地球上の武力紛争を大国が独自の軍事力に物を言わせて解決しようという時代は過去のものになろうとしている。
  『週刊朝日』(九月十四日号)の座談会で東京大学大沼保昭教授は「日本国憲法ぐらい国連体制と合致している憲法は世界中にない」と語り、国連の枠内で日本は世界に貢献できるとの考えを示している。
  英国労働党のニール・キノック党首は十四日、『朝日新聞』の記者と会見し、「私は日本が憲法を改定することを望まない。世界一の経済大国が軍事国家ではないということは、これまでの歴史になかったことで注目すべきこと。経済および財政支援で世界平和に貢献することによって日本は信用を獲得し、評価を高めることになる。憲法改定はそれに逆行する」と述べている。

  米国からの感情的な支援要求に回答することに性急なあまり、<平和憲法>を持つ国として日本が世界にどう貢献できるかの検討をおろそかにすることがあってはならない。今回の中東危機は日本にとって、国連を舞台とした活動を通じてどう世界の信頼感を勝ち取ることができるかの試金石だともいえよう。

==1990年9月19日== 軍事的必要      -223-

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  近年の『ロサンジェルス・タイムズ』が日系人の戦時立ち退きに関して公平な見方を示し、その補償問題でも理解のある論評を行ってきたことは、在米日系人にはよく知られていると思う。
  カリフォルニア州議会のギル・ファーガソン下院議員(共和・ニューポートビーチ)が議会に、州内の公立学校で使用される教科書の記述を<日系人の戦時収容は軍事的に必要な措置だった>と書き換えることを求める決議案を提出したことについても、同紙は先月二十八日の<社説>で、同下議を厳しく批判している。
  この<社説>はファーガソン下議の見方を「奇怪な意見」と評し、「不正確で危険なもの」と断定している。
  同下議の主張は<第二次世界大戦中に、米国西海岸に住んでいた日系人約十二万人が家を追われ、収容所に入れられたのは国家の安全保障と軍事的必要のためだった>というもの。この<社説>は、同下議が提出した決議案に「日系人が強制収用所に収容されたというのはまったく事実ではない」と記されていた点についても「正しくない」と指摘し、「ファーガソン下議が歴史を改訂しようとしても、歴史的事実は変更できない」と述べている。

  カリフォルニア州議会は昨年、公立学校の教科書指導要領を変更し「日系人の収容所体験に関する正確で客観的な見方」を生徒に教えることを求める決議を行ったばかりだ。
  『ロサンジェルス・タイムズ』の<社説>は、同州の教科書が全米の教科書出版会社や教育者によって全国基準として扱われる点を重視、問題を明確にしておくことが大事だと説き、「歴史を書き換えようというファーガソン下議の試みは愚かな努力というだけではなく、潜在的に危険なものだ」と結論づけている。

  同紙五日の投書欄に、この問題に関するいくつかの反応が掲載されていた。
  サウザンドオークスのスタン・カワシマさんは、ファーファソン下議が<強制収容所>を<転住センター>と言い換えることができるなら、次には、被収容者のことを<ゲスト>と呼ぶことになるだろうと述べ、同下議を批判している。
  同下議を支持する意見もあった。ラグナヒルズのアリス・スラッツさんは、対戦中に反日本人感情が高まったのは(日本人に対する)恐怖がほんとうにあったからだと主張、「どんな国にも自分を守る義務がある」と述べ、同下議を批判した同紙を「外国支持の新聞」と決めつけ、不快感を表明している。

  このスラッツさんの意見は、ファーガソン下議の決議案がどういう人々を足場にしているかを良く示しているだけでなく、その内容において同下議のものよりいっそう危険なものになっている。
  国が<自分を守る>ためとの口実で、反逆の事実はもちろん、その意思のかけらもない大量の自国民を好き勝手に強制収用することができるとすれば、その国はもう民主主義とはまったく無縁の専制政治の国だ。
  <外国支持の新聞>だとの非難も、狭隘な排外主義者の賛同は得るかもしれないが、公正な判断を求める国民大多数からは反発を食らうだけだろう。何より、収容された人々の多くは<外国人>ではなく米国生まれの<米国人>だった、という事実をスラッツさんは、たぶん故意に、無視している。
  また、<恐怖>などという心理的な理由を基に国が何でもなしえるとする考えは、ナチスの例を持ち出すまでもなく、その危険さが歴史的にすでに証明されていることだ。

  ファーガソン下議への同調者が下院に三人もいたという事実も忘れてはならないだろう。現在の<米国の停滞>への苛立ちを偏狭な<排外主義>に短絡させてはならない。

==1990年9月17日== 日本の分担       -222-

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  イラクが引き起こした湾岸危機の長期化が明確になるにつれて、同地域で産出される石油の大輸入国である日本に対する<貢献要求>の声ががますます大きくなってきている。
  『ウォールストリート・ジャーナル』紙はすでに先月三十一日、米国の木材製品の輸入、特許、関西新空港工事の入札などの問題で、日本は以前に行った約束どおりには市場開放を行っていないとの見方が多いと述べたあとで、湾岸危機に言及、「危機の影響を受けた諸国に対する日本の援助計画は不十分だと多くが見ている」と指摘している。ケンパー・ファイナンシャル・サービスの経済専門家デイビッド・ヘイル氏の「(中東の)石油産地を守る軍事行動費を含めて、米国の費用の三五%から四〇%を出すよう日本に期待してもおかしくはない」という意見がその代表例だ。

  『ニューヨーク・タイムズ』紙は同三十日と三十一日の<社説>で同じ問題を取り上げた。
  三十日は、湾岸危機に対するブッシュ大統領の対応を「ほとんど欠点がないもの」と賞賛したうえで、米国の同盟国全体に対し、「同盟国ははたして(米国の)軍事・経済的負担に対する公正な分担を行っているだろうか」との疑問を提出、英国とフランスに関しては「サウジアラビアへもっと軍隊を送ることができるはずだ」、エジプトについては「数千人の派遣では十分とは言えない」とそれぞれ注文をつけている。
  同紙は日本と西独に対しては「石油供給を確実にするために必要な水準の貢献を両国ともまだ開始していない」と指摘している。
  翌三十一日には同紙は、今度は日本だけを標的として<貢献>問題を再論している。日本が前日発表した十億ドルの資金提供計画につて同紙は「前線で包囲されている湾岸諸国家を支援するという東京の約束がまだぼやけたままであるのは残念なことだ」と述べ、さらに、この金額は「日本の湾岸石油に対する依存度、世界で重要な役割を果たしたいという新たな望みにふさわしい日本の貢献度にはまだ近づいていない」と強調している。

  米国政府は、さきに訪日したブレイディー財務長官を通じて日本政府に対し、すでに支援が決定しているエジプトとトルコ、ヨルダンの三か国への二十億ドル、多国籍軍への十億ドルのほかに、多国籍軍支援額をもう十億ドル上積みするよう求めている。
  連邦下院は十二日、日本が湾岸危機で十分な貢献を行っていないとして、在日米軍五万人の費用の全額負担を求める法案を賛成三七〇、反対五三で可決した。

  『ロサンジェルス・タイムズ』紙は十三日、ほかとは異なる調子の<社説>を掲載した。「なぜ日本と西独をスケープゴートにするのか」「サウジアラビアやその他の国も十分には拠出していない」との見出しがつけられたこの<社説>は、国外に一千億ドルの資産を持つといわれるクウェートがことし、米軍派遣費として二十五億ドルしか出さないこと、危機発生以来の原油価格高騰で、サウジだけでも“毎月”三十億ドルの増収があることなどを指摘、日本や西独などの「他の友人や同盟国」がいっそう貢献することは当然だとしながらも、サウジやアラブ首長国連邦バーレーンオマーンなど、米国の出兵で政権が直接守られている国々にとっては、出兵費用をの大半を引き受けたとしてもその費用は安いものだ、と述べている。

  今度の危機でも、日本政府の対応は遅かった。
  だが、一部の“外圧”に負けて拙速を重ね、国の基本を曲げるようなことがあってはならない。世界、特にアジア地域で広く認知されている日本国憲法の枠内で、どう世界に貢献できるかを日頃熟考してしていれば、国際的な緊急危機に際しても、特にうろたえることはないはずだ。
  政治的バックボーンを欠く自民党政府がこれから打ち出さざるを得ない対応策を国民は十分に監視する必要がある。

==1990年9月10日== 米国の勝利     -221-

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  サウジアラビアへ軍隊を派遣したブッシュ大統領に<本当の勝利>と呼べる勝利はあるのだろうか。あるとすれば、それはどんな形になるのだろうか。

  専門家の中には、数週間以内に米軍側からの対イラク攻撃があると予想する声もある。両国が交戦状態になれば、イスラム聖地を守れとのかけ声のもとに団結したアラブ世界と米英軍が<ベトナム戦争型の>泥沼戦争に入り込むのではないかとの考えも一部から出ている。

  『ロサンジェルス・タイムズ』が先月三十一日、世論調査の結果を発表し、米国人の二四%が<イラクフセイン大統領を放逐することが米国の勝利だ>と考えており、同じく二四%が<イラク軍のクウェートからの撤退>を<勝利>の条件として挙げていると報じた。
  ただ、他の二三%は<米国人人質を無事に解放させること>で十分に<勝利>だと回答しており、イラクに対する<米国の勝利>に関する考えが国民のあいだで必ずしも一致していないことも明らかになっている。

  一方、ブッシュ大統領が米軍を中東に派遣した理由については、米国人の五〇%が<米国への石油供給を確保するため>と見ていたほか、<クウェートへの侵攻が割に合わないことをイラクに知らせるため>という回答も四五%に達していた(複数回答)。直接的な米国の利益確保とイラクに対する米軍の力の誇示を、米国人の半数近くが承認したものと見られる調査結果かもしれない。
  <米国人の生命を保護するため>が二八%でそれらにつづき、ブッシュ大統領が派兵理由として挙げていた<サウジアラビアを防衛するため>はわずかに一三%、<クウェート政権を再樹立させるため>は一一%にとどまっていた。
  同大統領の政策上の建て前は十分に理解されているとは言いにくい状況だが、<米国の利益と威信のためなら必要な行動をとるのだ>という国民の考えは浮き彫りにされたようだ。

  今回の中東危機への対処方法に関しては、ブッシュ大統領は七三%の高い支持を集めている。派兵には、男性の七三%、女性の五三%、平均六四%が賛成していた。
  回答者を教育水準別にみると、派兵支持は大学進学者が七二%、高校卒業者が六一%、同中退者が四五%となっており、教育程度が高いほど、米軍の中東派遣に理解を示していた。
  高校中退者が集中する低所得者層が、国際問題の解決に米国が乗り出すことより国内問題の解決を優先させて考える傾向がここでも明らかになっている。

  四日の連邦下院外交委員会でベーカー国務長官は、イラク孤立化政策が効果を上げるまでには時間がかかると強調、当面は経済封鎖の完遂に重点を置いて外交的解決を目指していくとの方針を示した。また、今回の危機が解決したあとでも、米軍は中東で<一定の役割を果たすべきだ>と述べ、海軍を中心に、長期にわたって軍展開を行う姿勢を明らかにした。
  同長官にとっては<今回の危機の解決>は必ずしも<米国の勝利>を意味してはいないようだ。

  対イラク経済封鎖の持久戦だけでも、米国が費やす経費は莫大なものになるだろう。<勝利>が見えない戦争に苛立つ国民が、米国の威信失墜を理由に、ブッシュ大統領に攻勢に出るよう圧力をかけるという可能性も残っている。米国民の忍耐力も試される状況となってきている。

==1990年9月4日== 米国とエネルギー     -220-

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  米国の全消費エネルギーの四三%は石油で賄われている。以下、天然ガスが二二%、石炭が二二%、水力が三%となっている。原子力は六%だ。
  石油だけで見れば、米国の輸入依存率は一九六二年ごろは二〇%、第一次、第二次石油ショックの中間に当たる77年に五〇%に近づいたことがあるが、その後ふたたに低下し、八五年には三〇%強程度までに戻していた。ただ、八六年からは輸入依存率がまた高まり、ことし九〇年はいまのところ、五〇%を超える状況となっている。自動車を走らせ、産業を動かし、料理をすませるなどして米国人が使用するエネルギーの半分近くが外国から輸入されているわけだ。

  ことし五月までの統計によると、原油と石油製品の対米供給量が最も多いのはサウジアラビアで、全体の一四・九八%。ベネズエラとナイジェリアがそれにつづいて、順に一一・九六%、一一・二三%となっている。カナダとメキシコからの輸入もそれぞれ一〇・九七%、八・五三%と比較的に高いものとなっていた。
  中東産油国の中でサウジの次に比率が高かったのは問題のイラクで、七・二八%。今月二日にイラク軍の侵攻を受け、米国の中東派兵の直接のきっかけとなったクウェートは一・四四%にすぎなかった。派兵の一義的な目的が、クウェートのジャビル首長体制の保護・回復ではなく<米国への最大の石油供給国サウジを防衛すること>にあったことは、これらの数字からも明らかだと思われる。

  『時事通信』によると、東海銀行は先月二十三日、中東情勢の緊迫化に伴う原油価格上昇が日米経済に与える影響の試算を公表した。
  この試算は結論として、原油価格は(イラククウェート侵攻という)「紛争前の水準を五ドル程度上回り、二十五ドル程度で落ち着く」とし、「わが国(日本)への影響はさほど心配ない」と述べている。仮に一バレルが四十ドルまで高騰した場合でも、日本では、卸売り物価は三・八%、消費者物価は〇・九%押し上げられるだけで、貿易黒字幅が二百億ドル減少し、経済成長率が〇・八%下落する程度に終わるだろうということだ。
  それに比べて、米国がこうむる影響は大きいそうだ。一バレル=四十ドルの原油は米国の卸売り物価を五%、消費者物価を二・三%も押し上げ、貿易赤字を百八十億ドル増加させると見られている。実質成長率も二・〇%下がるという。
  二十九日現在、二十六ドル程度となっている原油価格がどう動くかは中東情勢の変化で決まる。サウジ―イラク国境を中心舞台として米軍とイラク軍が対峙している状況では、価格に対する不安は消えない。

  米国で最も信頼されている経済専門家の一人であるサム・ナカガマ氏が独特の予測を発表している。米国がリセッション入りすることはなく、むしろ、一九九一年には経済は上向き傾向になるというのだ。同氏は、現在の中東危機はことし中に解決するとして、①輸出の増加で貿易赤字が減少している②製造業で在庫が減少している③金利が低下している―などを成長説の根拠としている。同氏はまた、「イラクフセイン大統領は全世界と敵対しており、勝利することはない。対イラク経済制裁は効果を発揮する」とも断言している。
  ブッシュ大統領を喜ばせそうな予測だが、いまのところ、米国経済界や投資家の多くが同氏の予測をそのまま受け入れるようには見えていない。

==1990年8月30日== 教科書書き換え   -219-

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 次の世代に自国の―あるいは自分たちの―過去の“汚点”を見せまいとして教科書から歴史的事実を取り除こうとするのは、何も日本の自民党に限ったことではないらしい。
  “自分の歴史”を歴史家に書かせようとしなかった独裁者は少なかったろうし、全体主義者が自らの主張に併せて歴史を書き改めようとした例も多かったはずだ。

  ここカリフォルニアにも危険な人物がいる。州議会下院のギル・ファーガソン議員(共和・オレンジ郡)だ。
  ファーガソン下議は第二次大戦下の日系人の強制立ち退きと<転住所>への収容を正当化し、「公立学校で使用される教科書では<日系人の戦時収容は軍事的必要性に迫られたためだ>と教えるべきだ」と主張、教科書書き換え動議を州議会に提出していた。
  二十八日に表決に付された同決議案は六〇対四の大差で否決されたが、同下議の<書き換え>にかける“熱意”は冷める気配がないという。

  二十八日の『ニューヨーク・タイムズ』によると、自ら第二次大戦、さらには朝鮮とベトナムの両戦争に出兵した経験を持つファーガソン下議にこの決議案提出を求めたのは<真珠湾生存者>と、日本軍が一時占領したフィリピンのルソン島で<死の行進>を強いられた<バタアン生存者>の二グループだ。同下議は、二十八日の否決にもかかわらず、第二次大戦で日本軍と戦った経験を持つグループの支持を集めて、同議案を再提出する考えを示している。

  州議会は昨年、カリフォルニアの子供たちには「日系人の戦時収容は軍事的必要からではなく<人種的差別>と<戦時ヒステリー>が原因となって実施されたもの」と教えるべきだとする州法を成立させている。
  これに対してファーガソン下議は、特に、日系人収容施設を<強制収用所>と呼ぶことに反対、<転住所>とでも呼ぶべきだと主張している。<強制収用所>ではナチス・ドイツユダヤ人を大量虐殺した施設が思い起こされるし、日本軍が被収容者の体を使って細菌戦争の実験を行った中国内の施設とも区別がつかない、と考えるからだ。

  カーター大統領が一九八〇年に設けた<戦時転住・収容に関する連邦委員会>は、日系人の収容には軍事的必要はなく、人種的偏見と戦時ヒステリー、政治的指導上の失敗によって生み出されたものとする結論をまとめている。<転住所>入りを拒否して逮捕された日系人の裁判でも、連邦裁判所は八三年、日系人を命令拒否の罪で有罪とした戦中の判決を覆している。

  ファーガソン下議の動きに抗議する声が日系市民協会(JACL)などから上がっている。同協会サクラメント支部のマイケル・イワヒロ代表は、ファーガソン下議の主張について「強制収用所と呼ぶかどうかの問題は言葉の遊びだ」との考えを示し、施設は現実に「鉄条網があったし、MPが監視していた。中の人間は自由に出入りすることができなかったのだ」と語っている。

  戦時収容された日系人はおよそ十一万人。そのうち七万七千人は米国市民だった。
  ファーガソン下議は、当時市民権を持っていなかった日系人について「真珠湾への攻撃のあと、米国政府がこれらの日系人を敵国人として扱うのは国際法に適っている」と主張、さらに、七万七千人の米国籍の日系人に関しては、そのうちの多くが子供だったと強調、米国に生まれたというだけの米国市民であり、敵国人である親が同行させたいと考えたために収容されたにすぎない、と述べている。

  日本軍による真珠湾攻撃から五十年目に当たる来年に<立ち退き補償法>を撤廃しようという動きが大きくなるのではないと心配する声がある。
  事実は曲げられない。だが、時代の気分がその解釈を変えることがあることは、これまでに何度も経験してきたことだ。
  ファーガソン下議の動きを<州の一議員の票集めのための行為>と軽んじない方がいい。

==1990年8月27日==  リセッション     -218-

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  米国経済がリセッション入りするとの見方は昨年からあった。ペンシルベニア州の経済調査専門家のアルバート・シンドリンガー氏はことし初め、「全米的なリセッションは近い」との予想を発表していた。
  リセッションとは景気の一時的後退のことだ。定義は必ずしも確定していないようだが、『ロサンジェルス・タイムズ』紙(十三日 ジョナサン・ピーターソン記者)は「経済活動が全国規模で六か月間以上にわたって縮小する状態」をリセッションと呼んでいる。

  産油各国に石油価格を引き上げるよう圧力をかけていたイラクが今月二日、突然クウェートに侵攻した。中東に再び深刻な危機が訪れ、世界への石油供給が不足して、価格が高騰するのではないかとの不安が広がっている。
  一九七〇年代の二度の“オイルショック”とは異なり、経済への打撃は今回はあまり大きくならないだろうという見方がある一方、石油価格の高騰による原材料・燃料費負担の増加で世界の産業が手痛い影響を受け、消費活動が停滞する可能性は高いとする意見も多い。
  そんな状況下で『タイムズ』は「今回の石油危機が起きる以前に米国経済はリセッションに入っていたと多くの専門家が考えている」と伝えていた。

  同紙によると、専門家は①失業率の上昇②工業製品に対する注文の不振③小売の停滞④建築産業の不況―などをリセッション入りの証拠として挙げていた。同時に、借入金のの調達も困難になっており、金融逼迫で経済成長はいっそう困難になると見られていたという。
  イラク軍のクウェート侵攻は米国経済がこうした状況にあるときに起きた。石油価格の高騰が、すでに弱まりだしていた米国経済をさらに弱める可能性は高い。
  それだけではない、一千六百九十億ドルに上っている連邦財政赤字の縮小策の一つとして一部に期待が大きかった<エネルギー税>引き上げも、石油価格の高騰で先送りされそうだ。米国民が石油価格の上昇と増税を同時におとなしく受け入れるとは考えにくい。財政赤字の縮小の遅れは、外国資本の米国債購入意欲を削ぐという悪循環を生み出し、国家財政をさらに苦しくすることになるだろう―。

  『時事通信』は十五日、「<イラククウェート侵攻による原油価格の高騰はインフレを加速し、経済成長を鈍化させる>としながらもスイス・ユニオン銀行は、石油価格が四倍になった七三年、二倍になった七九年に比べれば、今回の上昇は二七%にすぎず、<主要先進工業国への影響は少ない>と見ている」と報じた。
  八〇年代に成長と基盤強化を持続した日本や西独はともかく、スイス・ユニオン銀行の観測は米国にも通用するだろうか。
  世界の原油価格の高騰で、ブッシュ大統領の地盤であるテキサスやその他の産油州の経済が持ち直し、それが全米に好景気をもたらすのではないかとの期待もあるようだが、いまの米国経済が七〇年代と同じ活力を持っているとは思えない。

  危機の拡大を恐れるブッシュ大統領は同盟国フランスが尻込みするほど強硬に対イラク封じ込め作戦を展開している。その狙いについてはさまざまな憶測があるようだが、十分に納得できる説明はまだなされていない。石油戦略面からいえば、原油価格が一バレル当たり二十八ドルまたは三十ドル以上になれば、米国の石油は国際競争力を回復するという。だが、そこまでの価格上昇とそれと同時に進行するであろう総合的なインフレを吸収し、反発する力がいまの米国経済にあるかおうか―。

  ブッシュ大統領が、インフレ抑制のために、価格引き上げ派のイラクを力ずくでも押さえ込みたいと考えているのか、あるいは、この危機を利用して一バレル当たり三十ドル以上の持っていき、テキサスなど米国石油の国際競争力を回復したいと願っているのかについては、まだはっきりしない。いずれにしても、同大統領がいま深い危機感を抱いていることだけは疑いない。